文章の練習のために自分語りをします。リアバレを避けるために所々嘘や誇張が入っています。
過去の体験というのは、それがどんなに辛いものであっても時間の経過と共に美化されていくものだと思っている。
電車内でうんこを漏らした思い出も、メイプルストーリーで拡声器使って晒された思い出も、致しを親に目撃されて気まずくなった思い出も、当時はこの世の終わりではないかと感じてしまうほどの恥辱であったが、今となっては笑い話だ。
これから書く話もその例に漏れず今となっては笑い話に過ぎないのだが、当時は本当に怖くてしばらくは外に出るのも怖かった。
確か小学4年生の頃の話。
私はなけなしのお年玉を握りしめ、近所にある野球場へと向かっていた。
とは言っても別に野球をするために向かっていたのではない。
今でもやっているのかは知らないが、その頃(2000年代中盤)は球場前の広場で数か月に一度露店が開かれていることがあった。
そこにはよくわからないサボテンや謎の古本、遊戯王カードなど多岐に渡る商品が並んでいて、そのどれもが小学生の心を掴むには十分すぎるほど魅力的だったのだ。
もちろん露店なんかで買うよりも、専門店に行って買う方が質の面でも値段の面でも賢いのだろう。特に遊戯王カードはかなりぼったくっていた。
だが球場前という立地も幸いしたのか、開催される度に大賑わいであった。
というわけで私はその露店に向かっていた。
前日その露店を覗いた時にはサイバー・ツイン・ドラゴンのレリーフレアが売られていて、喉から手が出るほど欲しかったのだが残念ながら手持ちの所持金では足りず、お年玉を引き出してリベンジするつもりだったのである。
しかし問題は露店に着く前に生じた。
明らかに挙動不審なおばさんと目が合ってしまったのだ。
おばさんは道の真ん中に突っ立って、何かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見回していた。
当時近隣の小学生の間で恐れられている不審者は二人。
一人はかんしゃく玉を大量に入れた紙袋と傘を持って徘徊し、電線に止まるカラスを見かけると紙袋を踏みつけ破裂音を鳴らしながらカラスに向かって傘を向けガンマンのように振る舞う通称鳩おじさん。
もう一人はバイオリンケースのようなものを常に携帯し、寄生をあげながら徘徊する通称セロ弾きのゴーシュ。
そのおばさんは無論この二人のどちらでもなかったのだが、一目見ただけで二人と同格の人物であることを私は確信していた。
目が合ってしまったように感じたのは気のせいだろう。気にせず横切ろう。
そう考えて横を通り過ぎようとした私だったが、そうは問屋が卸してくれなかった。
おばさんがついてきたのだ。
その時の気持ちは自分程度の語彙力では適切に表現できない。
ストーカーに刺されて死ぬという事件も聞いたことがあるし、自分も同じような運命に合うかもしれない。
しかも丁度その頃老婆に追いかけられて「生ゴミ集会」に参加しなかったことを詰問された挙句絞殺される夢を見たばかりだったので、年上の女性に対する恐怖心はかなり大きかった。
しばらく歩いたが、おばさんは相変わらずこちらをつけてくる。
本当につけてきているのか疑問に思ってわざと細い道を通ったりしたのだが、案の定まだこちらについてきた。
今にして思うととっととダッシュして逃走を図るとか、人通りの多そうな場所に出るとか、色々賢い解決策はあったのかもしれないが、ダッシュすると突然発狂して追いかけてくるのではないかという懸念や、他人に助けを頼むと時間がかかって露店に行くのが遅れるのではないかという懸念もあって、その選択を取ることはできなかった。
そうこうしている内におばさんが声をかけてきた。
ここで逃げていればよかったのだろう。
何をとち狂ったか自分はおばさんに返事してしまったのである。
会話の主導権を握ることで牽制して、尾行を放棄させて悠々と露店に向かう。
完璧なプランが自分の中で出来上がっていた。
しかし話しかけてはいけなかったのだ。
もしかして道に迷ってますか?さっきからついてきてますよね?
といった感じに話しかけたんだったと思うが、次の瞬間にはおばさんが急に怒り狂いだした。
おばさん曰く自分は近隣の中学生たちから庭に侵入されたり石を投げ入れられるなどの嫌がらせを受けていて、その中学生たちを捕まえるために定期的にパトロールのようなことをしているそうだ。
運の悪いことに私がその中学生グループの主犯格にどうやらそっくりだったらしく、弟だと疑って尾行をしたということらしい。
そこに私が不用意に返事してしまったことで、その疑惑は確信へと変わってしまったようだった。
私が中学生たちから監視任務を受けて自分に嫌がらせをしに来たのだと確信したおばさんは、道の真ん中で大声で私を怒鳴り着け始めた。
何を言われたかあまり覚えてないのだが、警察に突き出すとか先生に言いつけるとかそんな感じのことを言われたような覚えがある。
恐怖心が頂点に達した私は道の真ん中で泣き始めた。
本当に次の瞬間には殺されるんじゃないかと思うと、特に自分がやったわけでもないのにおばさんに対する謝罪の気持ちで胸がいっぱいになった。
ごめんなさいごめんなさい。でも僕じゃないんです本当に知らないんです。許してくださいいい。
そうやって泣き喚いていると、急におばさんがたじろいだ。
自分の泣きの謝罪が通じたのだろうか。それとも、近隣住民が集まってくることを恐れたのだろうか。
とにかくおばさんはもうするなよ、と言い残して急いでその場から去っていった。
後には道の真ん中で鼻水を啜るおたくクンが一人。
喉元を過ぎれば熱さを忘れるというが全くその通りで、さっきまでの恐怖心よりも泣いている姿を近所の同級生に見られたら恥ずかしいという思いが勝り、まだ尾行されている可能性などは考えず家へと引き返した。
帰宅後親に顛末を話すとお前が逃げなかったのが悪いと叱られ、ちゃんと尾行を撒いてきたかを聞かれてしていないことを伝えると更に激怒され、露店にサイバー・ツイン・ドラゴンを買いに行くから護衛してほしいという一生のお願いは却下された。
そういう訳でしばらく私は学校以外で外に出るのが怖くなり、人と遊ぶ時もゲーム以外をあまりしなくなったのだった。